「清澄な、そよ風のような生徒」

ブログのタイトルを「清く澄む」としました。学校の所在地が清澄であることや、学校の前に清澄庭園・清澄公園があることも関係していますが、校内にいつも、清澄な、そよ風のような生徒がいてほしいという願いを込めて名付けました。

どんな生徒でも清く澄みわたった心を持っています。友達と過ごしている時、家族と接している時、部活動の先輩と交流している時、先生と話している時、授業を受けている時・・・。さまざまな場面で、自らの清い心を感じたり、澄みわたった心を感じたりしています。或いは、他者からの清らかな思いやりや澄んだ優しさに触れて、自らの心が洗われることもあります。

始業式で全校生徒に、CAN(できることは100%やろう)、MUST(すべきことに努力しよう)、WILL(やりたいことに挑戦しよう)という話をし、「何でもいいから、達成できたら、報告に来てください。」と言いました。数日後、「できました。友達が5人できました。その後7人に増えました。これからの目標は、あと21人(クラス全員)と友達になることです。」と、中学1年の4人の生徒が言いに来てくれました。「席の近くの人と話している時に、周囲の人を巻き込むことを意識して、連鎖が起こるようにしました。その連鎖を大切にして、クラス全員と友達になっていこうと思っています。」と、工夫した点と今後の抱負を一所懸命報告してくれました。

「清く澄む」には、思考だけでなく言動が必要です。自分の心を言葉と行動で発信することが必要です。短い言葉でも、控えめな行動でも、アウトプットすることによって、他者に伝わり他者の心を動かすことに繋がります。このような、自己開示的な清く澄んだ言動が、校内で、校外で、日本で、世界で日常として起こることを、私は願っています。

世の中にはさまざまな人がいます。中には、曇った心を持っている人や濁った心を持っている人もいるでしょう。地球を任された生徒たちは、これから多様な価値観を抱いた人たちと協働して、社会に貢献し、協奏社会を創造していきます。

自分をしっかり持ちましょう。清い心、曇った心、澄んだ心、濁った心・・・。どんな心と接する時も、どんな状況であろうとも、「清澄なそよ風」を吹かせましょう。他者が受けとめきれない暴風にならないように、他者が受けとめる間もない疾風にならないように・・・。そして、暴風や疾風が吹いてきた時には、自分の心が折れない程度に受けとめましょう。根をしっかりと張った大木である必要はないのです。自分の幹や枝が折れないように、例えば、柳のように、暴風や疾風をすべて感じながら、自分の可能な範囲で受けとめていきましょう。それが、中村の生徒たちが目指す「しなやかな地球人」です。