「視野を広げる」

長い夏休みも残り1週間弱となりました。夏休み前、7月15日の全校集会では、まず4月からの振り返りとして、“CAN MUST WILL”の達成状況を自己評価して夏休みを迎えるように話しました。「できることは100%やろう すべきことに背伸びして努力しよう やりたいことにジャンプして挑戦しよう」という姿勢をしっかり持って夏休みを過ごしてほしいと伝えました。また、4月の始業式で「皆さんに地球を任せます(ブログ第1話)」と宣言したことに触れ、視野を広げるという視点で違う角度からお話ししました。

2016年は人によっては特別な年です。演劇や英文学に関心がある人にとっては、2016年はシェイクスピア没後400年となります。日本史に興味を抱いている人にとっては、徳川家康没後400年となります。また、国文学が好きな人にとっては、夏目漱石没後100年となります。さらに、ピーターラビットのファンにとっては、ビアトリクス・ポター生誕150年となります。「ジェーン・エア」を読んで感動した人にとっては、シャーロット・ブロンテ生誕200年となります。

私が大学1年生の時に、坪内逍遙以来45年振りとなる「シェイクスピア全集(小田島雄志)」が刊行されました。どうしても欲しかったのですが下宿していてお金がなかったので、父にお願いして買ってもらいました。父は二つ返事で願いを叶えてくれました。今でもその時の電話のやりとりを鮮明に覚えています。大学時代はもちろん、教師になってからも読みました。何回読んでもその度に異なった示唆を与えてくれるのがシェイクスピア作品の奥深さです。生徒にも読んでほしいと思ったので、自宅から全集を持ってきて校長室の書棚に置きました。そして、全校集会でシェイクスピア没後400年の話をして、「校長室に小田島雄志先生のシェイクスピア全集があります。自宅から全7冊持ってきました。読みたい人にはお貸ししますので、来てください。実は、皆さんの先輩で、私から借りて1巻から7巻まですべて読み切った人がいます。皆さんもその先輩に続いてみませんか」と呼びかけました。

全校集会の日の夕方、職員室に戻ると机上にメモがありました。「校長先生へ シェイクスピア全集読んでみたいです。貸し出しを希望します。よろしくお願いします」この高校生の視野は、シェイクスピア没後400年という私の話からシェイクスピア全集へと広がりました。そして、今、「間違いの悲劇」「ロミオとジュリエット」「から騒ぎ」「ハムレット」「オセロー」などの作品に触れ、さらに広がっていることでしょう。もしかしたら将来、大学の英文科に進み、シェイクスピアの作品を自分で翻訳するかもしれません。その時に、「ハムレット」の“To be, or not to be: that is the question.”の翻訳に悩むかもしれません。「死ぬるが憎しか、生くるが憎しか、思案するはここぞかし」「存ふるか、存へぬか、それが疑問ぢゃ」「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」「やるべきか、やらざるべきか、それが問題だ」「何かを為すべきか、何も為さぬべきか、それが問題だ」「やる、やらぬ、それが問題だ」「わたしはわたしなのか、わたしではないのか、それが問題だ」「このまま居るべきか、居なくなったほうがいいのか、それが問題だ」「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」「やったろか~、あかんか~、ほな~、どないしよ~」「成るか、成らぬか、それが問題だ」・・・。先人達の翻訳に触れて視野が広がる。その翻訳を解釈してさらに視野が広がる。思い切り広げた視野の中で、独創とも言うべき翻訳を生み出す。視野を広げようという意識を持った生徒には、学びの終着駅はありません。

「真の両立」

暑い夏が続いています。6年生(高校3年生)の心も熱く燃え上がっているはずです。進路実現という自己目標に向かって、開会式が行われた第31回夏季オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)の聖火のように、途絶えることのない炎を抱き続けているはずです。史上最多の205カ国・地域からの、1万人超の選手の中には、自らの競技練習とその他のライフ・ロールを両立させてきた選手もいるでしょう。

5月24日に行われた本校の体育祭前に、ある6年生とお話をしました。その生徒は体育祭の応援団に所属していて、応援合戦の企画・運営・後輩指導に4月から多忙を極めていました。当然、応援合戦の準備で、今までよりも多くの時間を費やさなければならない状況だったので、話のテーマは勉強との両立でした。つまり、体育祭応援団という役割と受験生という役割を同時にこなしていく、ある意味で「マルチ・タスク」についての議論になりました。人生において、一つのことに集中するだけで生きていくことができる時期はほとんどありません。つまり、人生においては、一時期にいくつかのライフ・ロールをこなしていくこと、言わば「両立」が常に求められるのです。

相談に来た生徒は、「応援団の活動のために、毎日の勉強時間が短くなります。でも、睡眠時間を削ることはできないので、通学時間に集中して勉強し、学習時間が減らないように心掛けます」と言っていました。これは、「細切れ学習」の実践です。つまり、通学時間や、帰宅してから夕食までの短い時間や、学校での休み時間や昼休みの時間などを有効利用するということです。常に教科書、参考書、ノートを机の上に広げておくことによって、椅子に座ればすぐに勉強できるという環境を作っておくという手法です。もちろん、内容は必然的にすぐ取りかかれるもの(漢字、古文単語、英単語、歴史の一問一答問題、数学の例題、理科の暗記部分等)になります。この「細切れ学習」ができるようになると、次の段階に自然と進むことができるようになります。それは「高密度学習」です。「この時間内にこれを終わらせる」という、制限時間を意識した、学習の質を高める段階です。「何を、どれだけ、いつまでに」こなしていくかを常に意識して、今まで60分でやっていたことを45分に短縮してやることによって、余剰時間を増やしていく手法です。

哲学の祖タレスは、「人生で一番易しいことは他者を批判すること。人生で一番難しいことは自分を知ること。人生で一番楽しいことは目標を立てその実現に向かって努力すること」という言葉を残しました。大学受験勉強(自分が興味を持っている学問を追究することができる環境を手に入れるための勉強)は本来、人生で一番楽しいことです。この意識が芽生えると、受験勉強は、「苦しい勉強」や「楽苦しい勉強」ではなく、「楽しい勉強」になります。勉強が単なる大学合格の手段ではなく、勉強すること自体が目的となります。

物理的に「細切れ学習」や「高密度学習」を目指すとともに、精神的に「楽しい勉強」を目指すことができる生徒。これが「真の両立」を追求する生徒です。6年生が全員、このような成長を果たして夏休みを終えることを、私は心から信じています。