「非凡」

「喜んでいいのにそれほど喜ばない、心配しなくていいのに必要以上に心配してしまう」

人生にはこんな場面が少なからずあります。喜びに鈍感で憂いに敏感であると言ってもいいかもしれません。「一喜一憂」という言葉通りに、状況の変化があるごとに喜んだり心配したりすればいいのですが、なかなかそうはいきません。大きくないと喜びと認められないストイックな自分がいたり、小さい憂いも大きく捉えてしまうデリケートな自分がいたりします。

何回失敗しても負けないで、そのたびに立ち直って頑張るという意味で「七転八起」という言葉が使われます。この言葉に圧倒されてしまう人もいるでしょう。「挫折する度に困難に立ち向かって乗り越えていくなんて私には無理だ」と諦めてしまう人もいるかもしれません。

「一喜一憂」も「七転八起」も難しいと言うのであれば、いっそのこと「七転八倒」はどうでしょう。もがき苦しむばかりで辛いかもしれませんが、喜ぶことも起き上がることも求められていない分、変なプレッシャーを感じる必要はありません。転んで、倒れて、苦労しながらも、できることから地道にこなしていく。当たり前のことを当たり前に実行していく。すべきことに一つずつ挑戦していく。

凡事を積み重ねていくことが「非凡」を生み出すのですから。

「学楽自琢」

新年度を迎え、1ヶ月が経ちました。連休前の4日間、中学1年生は、国語・数学・英語に特化した「授業オリエンテーション」を行いました。目的は、家庭学習方法の徹底です。授業は学校の教室だけで完結するものではありません。「予習・授業・復習」、つまり、「家庭学習・学校授業・家庭学習」があって初めて成り立つものです。「自学自習・協働学習・自学自習」と言ってもいいでしょう。そこで、家庭学習(自学自習)の方法を徹底するためのオリエンテーションを毎年行い、5月からの学びの充実を図っています。

「空腹の人に魚を与えてはいけない。魚の釣り方を教えてあげるべきだ」という言葉があります。自立の重要性を説く教えです。しかし、私はこの考え方を全面的に支持するつもりはありません。魚を与えるのは、すぐに答えを教えることと同じです。釣り方を教えるのは、解法を教えるパターン学習でしかありません。私が求めるのは、「魚釣りを好きになってもらう」という段階です。つまり、「自分から進んで学ぶ」という主体性と自律性を持ってもらう段階です。自分で試行錯誤しながら学ぶうちに、その教科が好きになってくる、学ぶこと自体が好きになってくる。その域に達した時が、大きな自己伸長の始まりです。

小学生・中学生・高校生たちが、、学ぶ楽しみを自ら見出して自分を磨いていく。その姿は、春の若葉のような清々しさと勢いを感じさせるものです。