「言葉を選ぶ」

私は海辺まで歩いて30分くらいの所に住んでいます。お休みの日に、エル(トイプードル)と海岸まで散歩することもあります。最寄り駅も海の近くなので、風向きによっては、ホームに降り立った時旅行に来たような錯覚を覚えることもあります。

ある日、電車から一緒に降りた中学生くらいの女の子が、「海のにおいだ」という言葉を発しました。その時私は、「この子はどちらの漢字を使うのだろう?」と興味を抱きました。「臭い」なのか「匂い」なのか。前者であればマイナスの感覚が、後者であればプラスの感覚が心に生まれていることになります。

もし、「海のいい匂いがするね」という夢のある発言であるならば、もっといろいろな表現が考えられます。「海の香りがする」「潮の香りがする」「潮の香だ」「海風を感じる」「海風の香りがする」「海風がそよいでいる」「磯の香りがする」

「海のにおい」を「海の香り」に変えるだけで、心の情景は一変します。家族旅行で訪れたコバルトブルーの海の色が蘇るかもしれません。その時の母親の幸せ一杯の笑顔を思い出すかもしれません。自分が描いた絵日記の色づかいを懐かしく思うかもしれません。

今はほとんど使われなくなってしまいましたが、「﨟長ける(ろうたける)」という言葉があります。「洗練されて、美しくなる、品がある」という意味です。作家の下重暁子さんは「自分の考えや意見を何度も練って、研ぎ澄ましていく、そういう作業を経てこそ品は出てくるもので、言葉を選ばずに発言するだけでは空疎でうるさいだけだ」と仰っています。

思考を練って、研ぎ澄ましていくには言葉が必要です。「におい」を使って考えるのか、「香り」を使って考えるのか。多くの語彙を持ち、使う前に言葉を選ぶ。その地道な積み重ねが未来の自分の「品」を創っていきます。読書の秋です。