「胆がない」

「肝胆相照らす(かんたんあいてらす)」とは、互いに心の底まで打ち明けて深く付き合うという意味です。「魂胆(こんたん)」は、心中に持っている企みや良くない意図という意味です。そして、「心胆を寒からしめる(しんたんをさむからしめる)」とは、心の底から驚かせ恐れさせるという意味です。これらで使われている「胆」は「こころ」を指します。また、「胆がない、胆が備わっていない」とは、「まごころ」がないという意味です。つまり、うそのない誠実な心を持っていないという意味です。

「正しさ」は時には人に厳しさを感じさせることがあります。正しいことを貫こうとすれば、人にも改善を求めてしまうことがあります。しかし、「まごころ」は人に安らぎをプレゼントしてくれます。誰もが自分に対して誠実でありたいと思っています。自分を大事にしたいと感じています。自分を粗末に扱うのではなく、自分を大切にしたいと感じています。自分の人生を切り刻んだり、自分を裏切ったり、自分をごまかしたり、自分にうそをついたりしないように過ごしたいと希求しています。自分に誠実な人には自然に「まごころ」が生まれます。その「まごころ」は他者の心にも届きます。家族や友だちだけでなく、多くの人と「まごころ」でつながっていく人。「胆がある」人は、地球市民として国境を意識することなく過ごしていくことができます。