「こう、ありたい」

「新(あらた)しき年の始の初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)」万葉集の編者、大伴宿禰持(おおとものすくねやかもち)が最後に据えた一首です。「新しい年の初めの初春の今日降る雪の様に積もれよ良い事」という大意です。雪の風景は幸運をもたらすと信じられていました。雪が幾層にも積もるかのように、良い事がいっそう重なってほしいという願いが感じられる歌です。

私が大学時代を過ごした長野県松本市は雪の多い地域ではありませんが、気温がかなり低いので雪が溶けずに地上に舞い降ります。目を凝らして見ると、雪の結晶がそのまま積み重なっていることが分かります。その形は気象条件によってさまざまですが、羊歯状か樹枝付角板だったような記憶があります。いずれにしても、一つひとつの結晶が本来の形を保持して重なっている純白で無垢な光景は、美しさとともに力強さを感じるものでした。

松本という地名は、旧領を回復した小笠原氏の「待つ事久しくして本懐を遂ぐ」という言葉に由来すると言われています。「待つ」と「本」から「松本」と改名したわけです。本懐とは「もとからの願い」という意味です。どんなに時間がかかろうとも、自分の本望を忘れずにやり遂げる。そこにも、純白で無垢な心があり、その心は美しさと力強さを兼備しています。雪の結晶のような本来の自分の姿、その中には「本懐」があります。「こう、ありたい」という願いを心に持ち続けるとき、人は幸運をもたらす言動を創り出すことができるのでしょう。