「第100話」

2016年4月より、ブログを書いてきました。今日は平成31(令和元)年度、最後の日です。今日のブログが、第100話となります。今までお読みいただいた方々に、心より御礼申し上げます。受験生と保護者の皆さまに、在校生と保護者の皆さまに、卒業生に、教職員に、そして自分自身に向けて、その時その時の心を、「清く澄む」というコンセプトの元に発信してきました。

ブログを読んでくれた30年前の卒業生から「辛い時期を乗り越えることができました」という手紙をもらったこともあります。保護者の方から「毎回、楽しみにしています」と笑顔で言われたこともあります。「長過ぎる」と指摘されたこともあります。二人の娘からは「お父さん、文章堅いよ」と言われたこともあります。どのご意見・ご感想も、私にとっては大きな宝物となっています。本当にありがとうございました。

「清く澄む」というブログ名は、本校の南面にある「清澄公園」から生まれました。もちろん、校訓「清く 直く 明るく」が根底にあります。お読みいただいた皆さまが、少しでも清く澄み通った気持ちになっていただければと思い、言葉を紡いできました。これからも、本校へのご理解をよろしくお願いいたします。そして何よりも、本校生徒へのご支援を切にお願い申し上げます。学校は生徒です。生徒そのものです。

結びに、私からのささやかなメッセージです。皆さんのこれからのキャリアに幸多いことを心よりお祈り申し上げます。

“Tomorrow is always fresh with no mistakes in it.”

「三つの目」

4月から中学校へ、高等学校へ進学する皆さん、そして一つ上の学年に進級する皆さん、臨時休校で例年とは違う3月を過ごしていると思いますが、健康状態はいかがですか。自分自身で健康管理に気を配り、栄養と睡眠を充分に摂り、規則正しい生活を心がけてください。さまざまな報道がなされていますが、本質を見極めて自分の行動をコントロールすることはもちろん、他者への温かいまなざしも忘れないでほしいと思います。

私たちは、一人ひとりが特有の視点で物事を考えています。身近なことを意識する視点、客観的で広い視野を持つ視点、世の中の流れをつかんだ視点。つまり、「虫の目」「鳥の目」「魚の目」です。虫のようにすぐ近くのことに注意を払うことも必要です。鳥のように高い所から俯瞰することも必要です。魚のように水の流れを冷静に捉えることも必要です。

年度の締めくくりの月である3月を、私たちはどんな「目」で見ているのでしょう。初めて経験するこの状況下で、虫の目を使うどころか自分のことしか見えていないかもしれません。鳥の目を使わずに偏った見方しかしていないかもしれません。魚の目を忘れて特殊な水に流されていまっているかもしれません。しかし、こんな時だからこそ、私たちには「三つの目」を使い分けていくことが求められています。皆さんとともに、三つの目で本質を追求する年度末にしたいと思います。

「遠くへ」

世界保健機関がパンデミックを宣言しました。世界中の人々が共通の意識と決意をもって、対応しなければならない状況です。皆さんも日本のことだけでなく、世界各国の状況を気にかけて心配していることでしょう。地球規模で物事を考えるということは、自分のことを後回しにすることでも、自分を最優先することでもありません。他の人と自分を同時に考えていくということです。まさに今がその時です。私たちが、世界の人々に思いを馳せるのと同時に、自分に何ができるのかを考えて行動する時です。

しかし、一人でできることには限界があります。人と繋がることによって、その範囲は広がっていきます。最初は多くの人々でなくていいと思います。たった一人でも、繋がる人を見つけることができれば、そして、深く繋がっていければ、多くの人々と繋がる扉を開くことができます。そのためには、自分が考えたことを伝えるだけでなく、自分の感情を表現することが有効かもしれません。思考だけを理解し合うよりも、感情も理解し合う方が、より一層心と心の結びつきが強いものになるからです。

私たちは目標に向かって早く進もうとする傾向があります。合理的に物事を考えたり、効率を重視して行動をコントロールしたりします。それ自体は悪いことではありません。しかし、もっと遠くの目標に到達するためには、他の人との協働が必要です。無駄を省くだけでは、一人で歩き続けることは困難です。アフリカの先住民族の諺に、「早く行きたければ、一人で行きなさい。遠くまで行きたければ、一緒に行きなさい。」という言葉があります。一緒に、遠くまで行きましょう!

「花吹雪」

東京の桜の開花はもうすぐです。今にもはち切れんばかりの蕾が、清澄公園を訪れる人々に期待感を届けてくれています。表題を見て、これから花が咲くのに花吹雪とはどういうことだろう。こんな疑問を抱いた方もいらっしゃると思います。

「一番綺麗な日本語は何ですか」という外国人へのアンケートで、圧巻の一位が「花吹雪」だったそうです。一年に一度のことですが、私たち日本に住んでいる者にとっては、毎年見ることができる光景です。それでも、散っていく桜の花びらにしばし足を止めてしまいます。

桜の花びらが舞う速度は毎秒5センチほどと聞いたことがあります。そう言われてもピンときませんが、「桜の花びらが舞う速度は、雪が降る速度と同じだ」と言われると、なぜか納得してしまいます。雪が降り出すと、私は無意識に空を見上げます。気がつくと、雪片を追っている自分がいます。それと同じ行為を桜の花びらに対してもしています。

咲いている時の桜の花びらには、人の心をほっとさせる調和があります。桜の花吹雪には、散っているのになぜか可憐な温かさがあります。水面に浮かぶ花筏には、生命に溢れている美しさがあります。

置かれた場所で、自分に与えられた役割や自ら取り組もうと名乗りを上げた役割を果たしていく。どんな状態であろうとも、その存在価値をしっかりと持ち続ける。そんな、桜の花びらのような生き方に、心が敏感になる季節がやってきました。

「正しい路」

2021年度中学入試第1回説明会を、本日行いました。昨年の2倍の受験生・保護者の方をお迎えし、入試体験と説明を丁寧にさせていただきました。その中で、本校高校3年生の座談会を行い、看護学部・文学部・映像学部・グローバル教養学部に進学の決まった4人の生徒たちが、中村での6年間を語ってくれました。

入学時は成績が学年で下位でしたが、諦めずに地道に努力を重ねた生徒。小学生の時から思い描いていた看護師という夢を貫いた生徒。自分の興味・関心を大切にして学部を選んだ生徒。1年間の留学を経て、新しい夢を見つけた生徒。それぞれが、中学1年生からの悲喜こもごもの思い出を語り、自分の成長を再認識するとともに、ご両親、恩師、学友への感謝の言葉を述べていました。

その中に、大学卒業後の進路が明確でない生徒が一人いました。そのため、大学の学部を選ぶ時にかなり迷い、受験する直前までその迷いを拭い去ることができずにいたそうです。その時考えたことを、以下のように話してくれました。

「この学部に行って正解かどうか分からない。きっと、誰にも分からないことだ。もしかしたら、間違っているかもしれない。でも、はっきりと言えることが一つある。それは、正しいかどうか分からない進路に進んでも、自分次第でその路を正しくすることができる、ということだ。」

考えながら行動する、行動しながら考える。自分の気持ちに誠実に向き合い、柔軟に環境を受けとめ、正しい路を創っていく。そんな生徒たちが、3月10日に卒業していきます。

「花ひらく」

中学校受験をやり遂げた小学校6年生の皆さん、「最後まで走り続けるぞ!」という気持ちを持ち続け、辛い時にも諦めずに取り組み続けてきた皆さんに、私は大きな拍手を贈ります。よく頑張りました。

結果も大事です。でも、それまでに皆さんが続けてきた努力のプロセスが尊いのです。お母さんやお父さんは、自分に真正面から向き合いながら、そして、自分で自分を奮い立たせながら、前に進んできた皆さんの姿に、深い喜びを感じていると思います。

40年前、私のもとに1通の電報が届きました。「コマクサノハナヒラク」大学合格を告げる知らせです。今のようにネットでの発表はありません。大学の掲示板を見に行くか、受験当日に電報をお願いしなければならなかった時代です。

「コマクサ」は高山植物の女王と言われています。淡紅色の美しい花もさることながら、他の植物が育たないような高所の砂礫地という厳しい環境に生育していることもあって、女王と言われています。地上に見えている花茎は10センチほどですが、根は100センチほどもあります。花言葉は「気高い心」。困難な状況に出会っても、見えない所でしっかりと地道な努力を続ける、そんな誇り高い生き方が花言葉にも表れています。

中学受験を経験した皆さんは、辛い状況でも努力を継続することができる「コマクサの根」を持っています。これこそが、受験を通じて身につけた皆さんの強みです。この長所はこれから一生、皆さんの幸せを支えてくれます。そう考えると、今の時期の皆さんの心の中には、コマクサの花だけでなく「福寿草」の花も咲いていると言えるでしょう。福寿草の花言葉は「永久の幸福」です。

「大丈夫!」

受験生の皆さんへ

ずっと机に向かって勉強していると、集中力を保つのが難しい時があるでしょう。そんな時にお勧めしたいことが5つあります。

①深呼吸をする

②1~6までの数を、ゆっくり数える

③手や顔を洗いに行く

④机から離れて、飲み物を飲んでくる

⑤鏡を見る

この5つの行動をぜひ試してみてください。短い時間で穏やかな気持ちになります。そして、心に余裕が生まれてきます。うまく組み合わせてやってみてください。「こんなことで、勉強に取り組む気持ちが変わるのかな?」と思うかもしれませんが、意外と効き目があるのです。

もっと効果を高めたい時には、「笑顔」を作って鏡を見てみましょう。鏡に映った自分の笑顔が、自分を和ませてくれます。行動に勢いを与えてくれます。机に戻って、椅子に座ったら、普通の声量でよいので一言発してください。「よし、やるぞ!」と。

皆さんなら「大丈夫!」

今日の皆さんは昨日の皆さんより成長しているのですから!

明日の皆さんは、今日の皆さんよりもっと成長しているのですから!

「確かな一歩」

問題を解いていて分からないことに出会うと、安心して心穏やかに勉強することができなくなります。「もうすぐ入試なのにどうしよう」「今まで頑張ってきたのになぜ解けないのだろう」「努力すれば分かるようになるのだろうか」この時期、中学受験であろうと、高校受験であろうと、大学受験であろうと、すべての受験生が経験するハラハラする瞬間です。

以前ある生徒が、受験勉強の心得を教えてくれました。「先生、受験勉強をしていて分からない問題に出会ったら、私は『ラッキー、これでまた一歩前に進める』と思うようにしていました。そうすると、『今、この瞬間に、分からない問題をできる問題にしておけば、入試当日まで着実に学力は伸長するんだ』と思えるようになり、不安にならずにすむのです。むしろ、安心してその後も勉強できるのです」

人生においては、受験に限らず、ドキドキする瞬間、心乱される場面がいくつもあります。そんな時にこそ、その不安を「一歩」に変えてみてください。皆さんが今、力を尽くしている営みは、決して受験だけに通用するものではありません。生きていく上で、数々の壁を乗り越えたり、壁に穴を開けて通り抜けたり、壁を迂回したりするための術(すべ)を身につけているという意味も持っているのです。

考え方を変えましょう。捉え方を変えましょう。皆さんの心の変化が、不安を「安心」に変換してくれるのです。変換方法は皆さんが一人ひとりが持っています。その場に合った方法を試してみてください。そうすれば、皆さんは不安を抱かずに日々の勉強に余裕を持って取り組むことができます。皆さんなら、「受験当日の自分は今の自分よりずっと成長しているぞ」という強い意思を持って、受験に向かって邁進することができます。

 

「こう、ありたい」

「新(あらた)しき年の始の初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)」万葉集の編者、大伴宿禰持(おおとものすくねやかもち)が最後に据えた一首です。「新しい年の初めの初春の今日降る雪の様に積もれよ良い事」という大意です。雪の風景は幸運をもたらすと信じられていました。雪が幾層にも積もるかのように、良い事がいっそう重なってほしいという願いが感じられる歌です。

私が大学時代を過ごした長野県松本市は雪の多い地域ではありませんが、気温がかなり低いので雪が溶けずに地上に舞い降ります。目を凝らして見ると、雪の結晶がそのまま積み重なっていることが分かります。その形は気象条件によってさまざまですが、羊歯状か樹枝付角板だったような記憶があります。いずれにしても、一つひとつの結晶が本来の形を保持して重なっている純白で無垢な光景は、美しさとともに力強さを感じるものでした。

松本という地名は、旧領を回復した小笠原氏の「待つ事久しくして本懐を遂ぐ」という言葉に由来すると言われています。「待つ」と「本」から「松本」と改名したわけです。本懐とは「もとからの願い」という意味です。どんなに時間がかかろうとも、自分の本望を忘れずにやり遂げる。そこにも、純白で無垢な心があり、その心は美しさと力強さを兼備しています。雪の結晶のような本来の自分の姿、その中には「本懐」があります。「こう、ありたい」という願いを心に持ち続けるとき、人は幸運をもたらす言動を創り出すことができるのでしょう。

「新年」

新年、明けましておめでとうございます。令和2年の幕開けです。令和元年は8ヶ月だけの年でしたが、今年は12ヶ月の年です。そして、小学校6年生にとっては、中学校に進学する大きな節目の年です。中学校3年生にとっては、義務教育を終えて高等学校に進学する自立の年と言ってもいいでしょう。

日本では江戸時代から、年が明けると目上の人の家を訪れて、新年のご挨拶をする風習があったそうです。いわゆる「年賀」という習わしです。しかし、相手の家が遠い場合は、手紙で年始の挨拶を送るようになり、それが今の「年賀状」という営みになったそうです。お世話になった方々を訪ねて、直接旧年中の御礼を申し上げ、「今年もよろしくお願いします」という言葉とともに自分の意気込みをお伝えし、近況報告をする。年賀も心がこもっていていいものです。それが叶わない場合は、文字で御礼と抱負と近況をお伝えする。年賀状も温かみがあっていいものです。

しかし昨今、皆さんを始め多くの人々が、メールやラインなどのSNSを利用して新年のご挨拶をしています。全員に同じ文面を送る人もいれば、一人ひとり違う文面を贈る人もいるでしょう。あるいは、文字ではなくフェイスタイムを使っている人もいるでしょう。年賀から年賀状へ、年賀状からSNSへ、そして、文字から声と動画へ・・・。

どんな手段を使ってもいいと思います。その中に、御礼の気持ちと自分の思いが詰まっていれば、温かい一年を過ごすことができるでしょう。皆さんに幸多い日々が訪れることを心からお祈りしています。