「視野を広げる」

長い夏休みも残り1週間弱となりました。夏休み前、7月15日の全校集会では、まず4月からの振り返りとして、“CAN MUST WILL”の達成状況を自己評価して夏休みを迎えるように話しました。「できることは100%やろう すべきことに背伸びして努力しよう やりたいことにジャンプして挑戦しよう」という姿勢をしっかり持って夏休みを過ごしてほしいと伝えました。また、4月の始業式で「皆さんに地球を任せます(ブログ第1話)」と宣言したことに触れ、視野を広げるという視点で違う角度からお話ししました。

2016年は人によっては特別な年です。演劇や英文学に関心がある人にとっては、2016年はシェイクスピア没後400年となります。日本史に興味を抱いている人にとっては、徳川家康没後400年となります。また、国文学が好きな人にとっては、夏目漱石没後100年となります。さらに、ピーターラビットのファンにとっては、ビアトリクス・ポター生誕150年となります。「ジェーン・エア」を読んで感動した人にとっては、シャーロット・ブロンテ生誕200年となります。

私が大学1年生の時に、坪内逍遙以来45年振りとなる「シェイクスピア全集(小田島雄志)」が刊行されました。どうしても欲しかったのですが下宿していてお金がなかったので、父にお願いして買ってもらいました。父は二つ返事で願いを叶えてくれました。今でもその時の電話のやりとりを鮮明に覚えています。大学時代はもちろん、教師になってからも読みました。何回読んでもその度に異なった示唆を与えてくれるのがシェイクスピア作品の奥深さです。生徒にも読んでほしいと思ったので、自宅から全集を持ってきて校長室の書棚に置きました。そして、全校集会でシェイクスピア没後400年の話をして、「校長室に小田島雄志先生のシェイクスピア全集があります。自宅から全7冊持ってきました。読みたい人にはお貸ししますので、来てください。実は、皆さんの先輩で、私から借りて1巻から7巻まですべて読み切った人がいます。皆さんもその先輩に続いてみませんか」と呼びかけました。

全校集会の日の夕方、職員室に戻ると机上にメモがありました。「校長先生へ シェイクスピア全集読んでみたいです。貸し出しを希望します。よろしくお願いします」この高校生の視野は、シェイクスピア没後400年という私の話からシェイクスピア全集へと広がりました。そして、今、「間違いの悲劇」「ロミオとジュリエット」「から騒ぎ」「ハムレット」「オセロー」などの作品に触れ、さらに広がっていることでしょう。もしかしたら将来、大学の英文科に進み、シェイクスピアの作品を自分で翻訳するかもしれません。その時に、「ハムレット」の“To be, or not to be: that is the question.”の翻訳に悩むかもしれません。「死ぬるが憎しか、生くるが憎しか、思案するはここぞかし」「存ふるか、存へぬか、それが疑問ぢゃ」「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」「やるべきか、やらざるべきか、それが問題だ」「何かを為すべきか、何も為さぬべきか、それが問題だ」「やる、やらぬ、それが問題だ」「わたしはわたしなのか、わたしではないのか、それが問題だ」「このまま居るべきか、居なくなったほうがいいのか、それが問題だ」「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」「やったろか~、あかんか~、ほな~、どないしよ~」「成るか、成らぬか、それが問題だ」・・・。先人達の翻訳に触れて視野が広がる。その翻訳を解釈してさらに視野が広がる。思い切り広げた視野の中で、独創とも言うべき翻訳を生み出す。視野を広げようという意識を持った生徒には、学びの終着駅はありません。

「真の両立」

暑い夏が続いています。6年生(高校3年生)の心も熱く燃え上がっているはずです。進路実現という自己目標に向かって、開会式が行われた第31回夏季オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)の聖火のように、途絶えることのない炎を抱き続けているはずです。史上最多の205カ国・地域からの、1万人超の選手の中には、自らの競技練習とその他のライフ・ロールを両立させてきた選手もいるでしょう。

5月24日に行われた本校の体育祭前に、ある6年生とお話をしました。その生徒は体育祭の応援団に所属していて、応援合戦の企画・運営・後輩指導に4月から多忙を極めていました。当然、応援合戦の準備で、今までよりも多くの時間を費やさなければならない状況だったので、話のテーマは勉強との両立でした。つまり、体育祭応援団という役割と受験生という役割を同時にこなしていく、ある意味で「マルチ・タスク」についての議論になりました。人生において、一つのことに集中するだけで生きていくことができる時期はほとんどありません。つまり、人生においては、一時期にいくつかのライフ・ロールをこなしていくこと、言わば「両立」が常に求められるのです。

相談に来た生徒は、「応援団の活動のために、毎日の勉強時間が短くなります。でも、睡眠時間を削ることはできないので、通学時間に集中して勉強し、学習時間が減らないように心掛けます」と言っていました。これは、「細切れ学習」の実践です。つまり、通学時間や、帰宅してから夕食までの短い時間や、学校での休み時間や昼休みの時間などを有効利用するということです。常に教科書、参考書、ノートを机の上に広げておくことによって、椅子に座ればすぐに勉強できるという環境を作っておくという手法です。もちろん、内容は必然的にすぐ取りかかれるもの(漢字、古文単語、英単語、歴史の一問一答問題、数学の例題、理科の暗記部分等)になります。この「細切れ学習」ができるようになると、次の段階に自然と進むことができるようになります。それは「高密度学習」です。「この時間内にこれを終わらせる」という、制限時間を意識した、学習の質を高める段階です。「何を、どれだけ、いつまでに」こなしていくかを常に意識して、今まで60分でやっていたことを45分に短縮してやることによって、余剰時間を増やしていく手法です。

哲学の祖タレスは、「人生で一番易しいことは他者を批判すること。人生で一番難しいことは自分を知ること。人生で一番楽しいことは目標を立てその実現に向かって努力すること」という言葉を残しました。大学受験勉強(自分が興味を持っている学問を追究することができる環境を手に入れるための勉強)は本来、人生で一番楽しいことです。この意識が芽生えると、受験勉強は、「苦しい勉強」や「楽苦しい勉強」ではなく、「楽しい勉強」になります。勉強が単なる大学合格の手段ではなく、勉強すること自体が目的となります。

物理的に「細切れ学習」や「高密度学習」を目指すとともに、精神的に「楽しい勉強」を目指すことができる生徒。これが「真の両立」を追求する生徒です。6年生が全員、このような成長を果たして夏休みを終えることを、私は心から信じています。

“Time is life”

7月16日(土)から昨日、7月28日(木)まで2週間、新潟県湯沢まで学習合宿に行ってきました。朝8時から授業が始まり、夜の11時30分まで勉強する6泊7日の勉強のためだけの合宿です。国語・数学・英語の3教科の授業を朝から夕方まで行い、夕食後は復習のための自学自修を行うというプログラムです。私は6年生(高校3年生)と4年生(高校1年生)の英語の授業を担当しました。

4年生の授業では毎日単語のテストを行い、7日間で合計800語を確認しました。もちろん、合格しなかった場合は追試です。授業では、基本例文の確認、文法問題の演習、英文精読を行い、この3つの視点から準動詞(不定詞・動名詞・分詞)を掘り下げました。使用したオリジナルテキストには、次のような英文を入れておきました。

”Life is very short, and the future is hard to predict.  People say, ”Time is money”; time, however, is more important than money.  Money lost can be gained again, but time lost will never come back.”(人生は非常に短く、未来は予測し難い。「時は金なり」と言われるが、時はお金より重要である。失われたお金は取り戻せる可能性があるが、失われた時間は決して戻ってこない)

当然のことですが、自分でお金を稼いだことのない4年生にお金の大切さを説いても、実感はあまり湧いてきません。また、平均寿命まで70年以上ある4年生に時の尊さを諭しても、私たちが抱いているような感覚は表出されません。しかし、時間はお金よりも重要なものであるということを、4年生は頭ではきちんと理解してくれました。

6年生の授業では、大学入試文法問題演習と大学入試読解問題解法確認を行いました。全員が4年制大学進学を目指しているので、完全に大学入試対応の内容です。また、毎日、食事の後には、モチベーションを高めて地道な努力を続けてほしいという願いを込めて、引率の先生方からお話がありました。私は最後の夕食後に話すことになりました。6年生には、「受験まであと6ヶ月、時間は有限である」という実感があります。また、「受験料、入学準備金、入学金、授業料という多額のお金を親に負担してもらう」という感謝の気持ちがあります。6年生なら、より現実的に受けとめてくれるという確信があったので、私は次のような話をしました。

「”Time is money”という視点には弱さがあります。皆さんには”Time is life”と思ってほしいのです。失われた時間は戻ってこないと考えることも大切ですが、今、皆さんが遣っている時間は、自分の人生、生活、命の一部を遣っている時間だと考えてほしいのです。だからこそ、『今、ここで』という意識を持って、『今、ここで、全力投球するんだ』という強い意志を持ってほしいのです。すでに実践している人もいます。まだ実践していない人も、今、ここで、できるように変わってください。皆さんならできます。」

自分の人生、自分の生活、自分の命を大切にすることは、「自分」を大切にすることです。自分を甘やかさない、自分に嘘をつかない、自分を欺かない・・・。そんな生き方ができる生徒がいます、そんな生き方をしようとしている生徒がいます。私が生徒から人生を教えられた瞬間でもありました。

「知的好奇心というアンテナを持つ生徒」

先日、中学1年生の生徒が私を訪ねて職員室に来てくれました。「達成できたことを自慢しに来て」という、始業式に私が全校生徒にお願いしたことに応えてくれたのです。その生徒は一所懸命、2つのことを話してくれました。「入学後1ヶ月でクラス全員の顔と名前を一致させることができました。もう一つは、ヘアードネーション“Hair Donation”をやりました」

恥ずかしながら私は、ヘアードネーションについての詳しい知識を持っていませんでした。そんな私にその生徒は、「病気で髪を失った子ども達のかつらを作る団体に、自分の髪を寄付することです。美容院を通じて寄付することができます。でも、30センチ以上でないと寄付できないのです。私は41センチ、母は33センチ、寄付しました。最初に髪を6等分にして結び、その後その束ごとにカットしました」と教えてくれました。

小学校6年生の時に、「自分も誰かの役に立ちたい、でも、小学生なのでできることが少ない」と考えていたそうです。そんな時に、ヘアードネーションのことを知り、それから髪を伸ばし始め、「受験が終わり中学生になったら寄付しよう」と決心し、その目標を達成したのです。中学・高校6年間で3回寄付する目標を設定したので、これからまた髪を伸ばしてあと2回寄付するそうです。

何かをやろうとしても、すぐに結果が出ないものだと、途中で止めてしまう人が増えています。長い期間初心を持ち続けることを苦手とする人が増えています。確かに髪を伸ばすこと自体は、ある意味で簡単なことかもしれません。しかし、中途半端な長さだとまとまりにくくなりうっとうしいとか、長くなってくると洗うにも乾かすにも時間がかかって面倒くさいとか、いろいろなマイナス感情も出てきます。それを乗り越えて初志を貫徹するには、やはり意志と努力が必要です。それも長い年月持続可能な強い意志と地道な努力です。

この生徒は、小学生の時点で知的好奇心を備えていたのだと思います。世の中には情報が溢れています。2020年にはスマートフォンを通じて、今の200倍の情報を入手することができると言われています。多くの情報の中から、ヘアードネーションという情報をキャッチして、自分の思考に結びつけ、実行計画を立て、強い意志を持って行動し、それを継続させる。このプロセスこそが、これからの社会で求められる大切な「力」の一つです。「小学生の自分にできることは何か」という自分自身への問いかけは、社会貢献に結びつく「知的好奇心」です。自分にとって、興味のあることでもないことでも、学校や塾の勉強に関係あることでもないことでも、心にアンテナを持っている生徒なら、情報の本質を捉え、自分の思考に組み入れ行動することができます。さまざまなアンテナをいろいろな方向に張り巡らす。「人生、無駄なことなど一つもない」という価値観にも通じています。“Meritocracy(業績主義)”が追求されがちな世の中で、知的好奇心というアンテナを全方位に張り巡らすことができる、懐の深い中学生・高校生を育てることが、中高6ヵ年一貫校の大切な使命の一つです。

「縦の比較ができる生徒」

6月18日(土)に、1年生の保護者を対象とした「保護者キャリアガイダンス」が行われました。保護者の方々にも、中村の「キャリアデザイン」の方針、目的、目標、実践をご理解いただき、保護者の方々と私たちが協働して生徒のキャリアデザインへの支援をしていくことを目的としたガイダンスです。本校は全国の学校に先駆けて、2002年度から「キャリアデザイン授業」を実施しています。追求しているのは“Competency(総合的変化対応能力)”の養成と社会貢献・協奏社会創造の意識醸成です。長年の取り組みが評価されて、2014年には「キャリア教育優良学校」として文部科学大臣から表彰を受けました。

中学1年生は、6月13日・14日・15日の3日間、初めての中間考査を受けました。答案が返却されて自分の点数が分かり、今、すべての生徒がドキドキしています。その理由は学年順位です。点数の良かった生徒はワクワクしているかもしれません。点数の良くなかった生徒はハラハラしているかもしれません。中間くらいの点数を取った生徒はソワソワしているかもしれません。

保護者キャリアガイダンスでは、学年順位が出た時の生徒への対応方法が紹介されました。「学年順位を一番重く受けとめているのはお嬢様方です。点数が良くなかったからといって、叱ったり、怒ったり、責めたりしただけで終わらせないでください。それは、過去だけに目を向けていることになってしまうからです。できた所を褒める、もう少しでできそうだった所を励ます、そして次の考査に向けての意欲を育むことを実践してみてください。それが未来志向の生徒を育てることに繋がります。」過去の事実は変わりません。しかし、過去の事実に対する捉え方は変えることができます。

すべての生徒は学年順位という過去の事実に囚われています。相対評価に囚われていると言うこともできます。もちろん、相対評価を高めるための努力をすることも必要です。しかし、絶対評価を高めるための努力は、更なる自己伸長に結び着きます。よって、横の比較(相対評価)だけでなく、縦の比較(絶対評価)を意識することが大切なのです。どんな点数であっても、90点でも30点でも、次の定期考査ではそれを上回る点数と取ろうと思い、そのための方法を冷静に考え、実行に移す。これが、絶対評価を高めるための方策です。

先日、中学1年生が手紙をくれました。その中に、「9月の期末考査は頑張ります。」と書いてありました。学年順位はまだ発表されていないので、この生徒は順位の善し悪しではなく、自分の努力不足だった点を冷静に振り返って、次の考査への努力を決意したのでしょう。「昨日の自分より今日の自分。今日の自分より明日の自分。」このように考えられる生徒は、他者との比較に留まらない生徒です。絶対評価を高めるための持続可能な努力をすることができる生徒です。伸び続ける生徒です。これからの生涯学習社会を生き抜いていくことができる生徒です。縦の比較をして、自助努力をしようと思える生徒です。

「表現力と理解力を兼備した生徒」

先日、学校からの帰り道、自宅の最寄り駅前広場に、十数人の人々が立ち止まっていました。午後9時前の涼しさを感じる夜でした。近くまでいかなくても音楽が聞こえてきたので、ストリートミュージシャンだと分かりました。優しく、デリケートで、人が自分の心の扉を自ら開いてしまうような男性奏者のサックスの音色に、魅了され歩みを止めている自分に気がつきました。

私たちは様々な事象について考えています。そして、無意識のうちに、多くの思考力を駆使して考えを巡らせています。“Logical Thinking(論理的思考力)”、“Communicative Thinking(相互理解的思考力)”、“Critical Thinking(批判的思考力)”、“Collaborative Thinking(協働的思考力)”、“Glocal<Global&Local> Thinking(地球的思考力)”、“Analogical Thinking(類推的思考力)”、“Rational Thinking(合理的思考力)”、“Causal Thinking(因果的・原因的思考力)”、“Attribution Thinking(帰属的思考力)”、“Citizenship Thinking(市民的思考力)”、“Intake Thinking(摂取的思考力)”。そして、どの思考力を使って考えたとしても、その思考に基づいて判断し、時には他者へアウトプットします。前述のサックス奏者は「音」を通じて表現し、私はその音から彼の判断とその基盤となる思考を受けとめたのです。

もちろん、表現方法は音楽だけではありません。「話し言葉」「書き言葉」「口調」「話す速さ」「言葉遣い」「声のトーン」「声の大きさ」「表情」「しぐさ」「ジェスチャー」「目線」。そして時には、「涙」「沈黙」さえも、他者への意思伝達方法となります。

6月4日(土)の学校説明会で、2年生(中学2年)と6年生(高校3年)が自分の「中村ライフ」についてプレゼンテーションをしました。2年生は、力強い話し言葉と、生き生きとした声のトーンと、真実を伝えようとする表情と目線で、自分の中学校生活について素直な気持ちを伝えていました。6年生は、人を引き込む口調と、強い意志を感じさせる声のトーンと、自己効力感溢れる表情と、時宜に応じたジェスチャーと、聴衆全員を見渡す視線で、経験に裏打ちされた独自の生き方を伝えていました。6年生の発表が終わった後、私は2年生に「先輩のお話はどうだった?」と尋ねてみました。2年生は間髪を入れずに「鳥肌が立ちました」と、瞳を潤ませた清々しい笑顔で答えました。この生徒は4歳年上の先輩のプレゼンテーションの底にある、「思考と判断」を心で受け取ったのだと思います。6年生の思考と判断と表現が、一人の後輩の心と頭を揺さぶったのです。6年生の表現力と2年生の理解力が共鳴した瞬間です。

いつでも、どこでも、誰とでも、何をしていても、「表現と理解の共鳴」が創出される社会、それが「協奏社会」です。そして、その創出の土台となる思考力・判断力を養う中学校・高等学校という場に、表現力と理解力を兼備した生徒が増えていくことを私は目指しています。

「『努力すれば必ず成長する』と思える生徒」

5月24日(火)、船橋アリーナで今年度の体育祭が行われました。中学1年から高校3年までの6学年を縦割りにして4チームに分かれて競う、生徒が創りあげる行事です。競技と応援合戦の合計点で「総合優勝」が決まるのですが、それとは別に「競技優勝」と「応援合戦優勝」があります。つまり、3つの優勝を4チームが目指して全力を尽くすわけです。

私は開会式で、「中村の校訓は『清く 直く 明るく』です。正々堂々と伸びやかに爽やかにやりましょう。」と話しました。生徒たちは力強く競技に取り組んでいました。1年、4年、6年の学年全員の演技では、ハーモニーを醸し出していました。応援合戦では、それぞれのチームが企画力と団結力を見せてくれました。生徒実行委員長と副委員長の2人が考えた今年度のテーマ、“Strength in Unity~みんなで力を合わせよう”が、さまざまな場面で表現されていました。

そして閉会式。得点が発表され、1つのチームが競技優勝に輝き、もう1つのチームが総合優勝と応援合戦優勝の栄冠を獲得しました。優勝した2チームは、涙を流しながら笑顔で喜んでいましたが、他の2チームは落胆を隠せませんでした。私は、2チームの優勝を讃えた後で、優勝を逃した2チームに、「私は結果も大切にしますが、プロセスも大切にします。顔を上げましょう。そして胸を張りましょう。自信を持ちましょう。堂々と閉会式に臨んでください。」と言いました。

私が生徒に伝えたかったのは、「努力しても報われない時がある」ということではありません。体育祭であれば、全員が優勝を目指して頑張るわけです。しかし、優勝は1つのチームにしか訪れません。その時に、「努力しても報われない時がある。でも、努力すれば必ず人は成長する。」と思うことが大切なのです。優勝してもしなくても、それまでの努力が色褪せることはありません。結果(目標実現)を求めて行動することは大切です。しかし、結果だけを求めて行動することは、偏った成長をもたらしかねません。同心円の木の幹のように、健やかな成長を遂げることが重要なのです。

成功した(目標を達成した)時は、その要因を冷静に分析して次に生かす。挫折した(目標を達成できなかった)時は、その原因を真摯に受けとめ改善し次に生かす。そして、成功しても挫折しても、そこまでのプロセスをきちんと評価し、自分を褒め、次への活力を自分で生み出す。これが「清く 直く 明るく」生きるということです。プロセスを大切にする生徒は、結果がどうであろうと諦めたりしません。歩みを止めたりしません。諦めずに前進し続ける生徒の心には、「失敗」という言葉は存在しません。なぜなら、「諦めた時が失敗」だからです。優勝を逃した2チームの生徒たちは、顔を上げて、胸を張って、自信を持って、堂々と閉会式に臨んでくれました。

「心に聖火を抱く生徒」

大人は、欲張りです。今までテストで60点前後だった生徒が80点をとった時に、「すごいね」と努力を讃えた後に、「次は90点をとれるように頑張って」とつい言ってしまいます。保護者の方の中には、95点をとった娘に、「ここ間違えなければ100点だったじゃない、もったいない」と言ってしまう方もいます。どちらも、「もっと伸長してほしい、潜在能力をもっと発揮してほしい」という愛情に満ちた親心から発せられた言葉です。長い人生経験から、ここでもっと頑張っておけば将来の成長が期待できると思っての言葉です。

しかし、同じ内容の言葉を生徒(娘)が発したらどうでしょう。「すごいね」と褒められた後に、「次は90点を目指して頑張ります」という言葉が生徒の口から出たり、95点の娘が自ら、「今度は100点とれるように頑張るからね」と言ったらどうでしょう。このような自発的な言葉の表出こそが、生徒(娘)の自主性が発揮され始める瞬間です。自立・自律的飛躍の兆しが芽生える瞬間です。私たち大人は、このような強い意志を備えた言葉が生徒(娘)の口から自然に出るまで、「欲張り言葉」を我慢するべきです。

先日、高校生とお話をする機会がありました。「あなたの長所、セールスポイント、強みを教えてください」という私の質問に、その生徒は少し躊躇した後に、「真面目で、物事に真剣に取り組むところです」と答えました。私は、「もう少し詳しく、具体的に説明してください。、遠慮しなくていいのですよ」と問い直しました。すると、その生徒は、瞳を潤ませ涙を流し始めました。少し落ち着くのを待って、「なぜ涙が流れたの」と尋ねてみると、「私は、友人や家族から真面目で真剣だと言われるのですが、自分では真面目・真剣と評価されるような域に達しているとは思えないのです。周囲からの評価と自己評価とのギャップに、『もっと頑張らなきゃ』と思ったら涙が出てきてしまいました」と答えてくれました。

このような生徒もいるのだと、正直驚きました。

一呼吸置いて私はまず、「他者から評価されたら素直に受けとめていい、喜んでいい、自分を褒めていい、自信を持っていい。そして、あなたはそんなことで天狗になったり、思い上がったりする生徒ではないと思っています。6年間担当してきた学年の先生たちも同じだと思います」と言いました。慰めではなく、事実を素直に伝えました。そして、「他者から褒められてもまだまだだと思える自分、驕ることなく自分に限界を設けない自分、落ち込まない、怯まない、諦めない自分、そんな自分を大切にしてほしい。それがあなたの、大きな、大きな長所であり強みなのですから」と最後に伝えました。その時の、目を潤ませながらの微笑みが、強く印象に残っています。この生徒は、中村が追求する自主自律型学習者です。自らの心にやる気という火を灯し続けることができる生徒です。打ち上げ花火ではなく、聖火のような持続可能な向上心を持つ生徒です。

「清澄な、そよ風のような生徒」

ブログのタイトルを「清く澄む」としました。学校の所在地が清澄であることや、学校の前に清澄庭園・清澄公園があることも関係していますが、校内にいつも、清澄な、そよ風のような生徒がいてほしいという願いを込めて名付けました。

どんな生徒でも清く澄みわたった心を持っています。友達と過ごしている時、家族と接している時、部活動の先輩と交流している時、先生と話している時、授業を受けている時・・・。さまざまな場面で、自らの清い心を感じたり、澄みわたった心を感じたりしています。或いは、他者からの清らかな思いやりや澄んだ優しさに触れて、自らの心が洗われることもあります。

始業式で全校生徒に、CAN(できることは100%やろう)、MUST(すべきことに努力しよう)、WILL(やりたいことに挑戦しよう)という話をし、「何でもいいから、達成できたら、報告に来てください。」と言いました。数日後、「できました。友達が5人できました。その後7人に増えました。これからの目標は、あと21人(クラス全員)と友達になることです。」と、中学1年の4人の生徒が言いに来てくれました。「席の近くの人と話している時に、周囲の人を巻き込むことを意識して、連鎖が起こるようにしました。その連鎖を大切にして、クラス全員と友達になっていこうと思っています。」と、工夫した点と今後の抱負を一所懸命報告してくれました。

「清く澄む」には、思考だけでなく言動が必要です。自分の心を言葉と行動で発信することが必要です。短い言葉でも、控えめな行動でも、アウトプットすることによって、他者に伝わり他者の心を動かすことに繋がります。このような、自己開示的な清く澄んだ言動が、校内で、校外で、日本で、世界で日常として起こることを、私は願っています。

世の中にはさまざまな人がいます。中には、曇った心を持っている人や濁った心を持っている人もいるでしょう。地球を任された生徒たちは、これから多様な価値観を抱いた人たちと協働して、社会に貢献し、協奏社会を創造していきます。

自分をしっかり持ちましょう。清い心、曇った心、澄んだ心、濁った心・・・。どんな心と接する時も、どんな状況であろうとも、「清澄なそよ風」を吹かせましょう。他者が受けとめきれない暴風にならないように、他者が受けとめる間もない疾風にならないように・・・。そして、暴風や疾風が吹いてきた時には、自分の心が折れない程度に受けとめましょう。根をしっかりと張った大木である必要はないのです。自分の幹や枝が折れないように、例えば、柳のように、暴風や疾風をすべて感じながら、自分の可能な範囲で受けとめていきましょう。それが、中村の生徒たちが目指す「しなやかな地球人」です。

「生徒が伸びる」

平成28年4月1日より、中村中学校・高等学校第11代校長を務めます、永井哲明(ながい てつあき)と申します。中村学園に外国語科(英語)教員として奉職して、今年33年目を迎えました。2級キャリア・コンサルティング技能士(国家資格)、上級教育カウンセラー(日本教育カウンセラー協会認定)でもあります。どうぞよろしくお願いいたします。

中村の生徒は、「伸びる」生徒です。学習面でも、部活動でも、自治活動においても、人としても、「昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分」という意識を持って、行動することができる生徒です。私は生徒の「伸びたい」という気持ちを大切にします。生徒が強い気持ちを持って、自ら行動し、その行動を継続できるような環境を提供することが、私の使命です。数学テストで点数を10点上げたい、ダンスの技術をもっと高めたい、校友会(生徒会)役員としてもっと学校をよくしたい・・・。さまざまな場面で生徒は向上心を抱いています。その心を大切に育み、実行できるように励まし、達成した時に思い切り褒めてあげたい。それが私の願いです。

本校の校訓は「清く 直く 明るく」です。私はこの校訓を次のように具体化しました。

清く   ⇒ CAN「できることは100%やろう」

直く   ⇒ MUST「すべきことに努力しよう」

明るく ⇒ WILL「やりたいことに挑戦しよう」

できるのにやらない自分から卒業し、「清く」行動する。努力を惜しむような心のブレーキを外して、「直く」背伸びをする。やりたいことに欲張って取り組み、「明るく」ジャンプする。この“CAN MUST WILL”は、どんな分野でも、どんなレベルでも、どんな場面でも、何歳になっても通用する人生の宝物です。

4月9日(土)始業式で、私は全校生徒にこの宝物の話をしました。1年生には1年生なりの”CAN MUST WILL”があります。6年生の”CAN MUST WILL”とは異なります。この違いが成長、つまり「伸びる」ということなのです。生徒一人ひとりが、自分で自分を理解し、自分の”CAN MUST WILL”を自覚し、自分の目標に向かって日々努力する。このような生徒の姿を私は毎日見たいのです。努力の習慣を身につけた時、生徒は達成感を味わいます。そして、自らの行動を社会貢献に結びつけ、協奏社会の創造に繋げていくのです。私は生徒たちに「地球」を任せました。グローバル社会を生きていくということは、地球を任されているという自覚を持って生きていくということです。地球規模で物事を考え、さまざまな国の人たちと協力して、美しいハーモニーを奏でることができる人、それが、中村の生徒たちが目指す「地球人」です。